今回私が、5月19日に逮捕された、偽計業務妨害罪の逮捕令状と勾留状別紙記載の被疑事実には当初から何も説得力がなかった。
そこには、被疑者は、その書き込みさえなければ遂行できた警察の正常業務を妨害した、などと書いていたが、要するに、絶対に通さないようにしているところでそういうことをやったといったような趣旨である。
しかし、令和7年5月17日23時31分当時の実情は、ツイッターに色々書いていただけであり、そこで逮捕されるような犯罪を行う必要性や動機がない。すなわち、またしても、子供が勢いづいて書いたことが大人の世界に入り、それで逮捕されたということが起きてしまったのである。
逮捕令状および勾留状別紙記載の事実を見ても、被疑者がある形の中で、社会のおきてを破るべく、ないしは、変更するべく、ツイッターにそのようなことを書くわけがない。しかしこのような当たり前のことは検察官調べの段階で通らなかったのである。
被疑者が偽計業務妨害をしたという令状請求書の被疑事実や勾留状別紙記載の被疑事実自体が何も説得力がなかったので、その後の120日の勾留中にも議論は進展せず、書くこともなかった。なぜなら、令状記載被疑事実自体が、いかにも起こりうるような犯罪ではなく、読ませるところ、読ましてもらいました、と実務家に言わせるようなものではなかったからである。
裁判官やそれに類する実務家が、読ましてもらった、というような文章とは、検察官の意見書などが通常はこれにあたる。すなわち、検察官の保釈を認めない意見書には通常、
訴追を進めていて止めるつもりはないのに、拘置所から保釈すると、誰かが病名を変える。そうすると、被告人を有罪にするための罪証が隠滅され、審理を遂行し、有罪にもっていけなくなる。だから保釈や勾留取り消しはできない、という、この国が使っているシステムの事情からする、なまなましい意見書が裁判所に提出される。
しかし、勾留状別紙記載被疑事実の文章は、被疑者が、この国のシステムを阻害して変えた結果として警察の本来業務を妨害した、というような読み応えのある文章ではなく、いかにして読んでも、つまらない文章である。検事が言うように、拘置所から出すと、誰かが強く騙して状態が変わり、訴追が困難になる、などというような、面白いことはどこにも書いていない。
政治家の立花孝志氏が活動を進めているのに、そこで殺害しようとしたら、殺人未遂が成立する。しかし今回の私の事件に関する勾留状別紙記載の被疑事実は読んでも理解できず、120日の間、ほとんど議論が進展しなかったのが実情である。
検察官の取り調べも、4回程度で、印刷画面を提示されただけであって、取り調べ室でも、私が犯罪をしたとして面白いことをいうなあとは一回も思わなかった。
しかし、面白いことを言うなあという意見書は、被告人には送付されず、裁判確定後に弁護人を通じて謄写申請ができる。
裁判所や検察官は、読ませる面白い記録は被告人には送付してこないのである。