民事執行センターの裁判官がだるいので執行抗告理由をここに書く

即 時 抗 告 申 立 書

 

令和8年(ヲ)第30022号 差押範囲変更(減縮)申立事件(原審:東京地方裁判所民事第21部)

 

抗 告 人(申立人・債務者)  前 田 記 宏

     住所 東京都板橋区前野町1-43-6 メゾンときわ台203

 

相手方(債権者)  CASA株式会社

     所在地 東京都渋谷区恵比寿西二丁目4番8号ウィンド恵比寿ビル8F

     代表者代表取締役 浅賀友里恵

 

第三債務者  株式会社ゆうちょ銀行

     代表者代表執行役 笠間貴之

 

第1 抗告の趣旨

 

1 原決定を取り消す。

2 基本事件(令和7年(ル)第14085号)に係る令和7年12月26日付債権差押命令を全部取り消す。

3 申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

との裁判を求める。

 

第2 抗告の理由

 

第1 原決定の概要及び不服の要点

 

原決定は、民事執行法(以下「法」という。)153条1項に基づく差押範囲変更(全部取消し又は10万円超過部分取消し)の申立てに対し、本件差押命令のうち40万円を超える部分のみを取り消し、その余を却下したものである。

しかしながら、原決定は以下に述べるとおり、①法153条1項の解釈・適用を誤り、②差押禁止債権を原資とする預貯金債権の差押えに係る最高裁判例の趣旨を没却し、③相手方の債権回収の実態(保証会社からの代位弁済・立替払い)を看過したものであって、到底承服できない。

 

第2 差押禁止債権を原資とする預貯金債権の保護に関する法令・判例の解釈

 

1 差押禁止の趣旨

年金給付(国民年金法24条、厚生年金保険法41条)、障害年金、生活保護費(生活保護法58条)は、いずれも受給者の最低限度の生活を保障するために設けられた制度であり、法はこれらの給付を受ける権利(差押禁止債権)について差押えを禁止している(法152条1項、国民年金法24条、厚生年金保険法41条等)。

 

2 最高裁判所平成10年2月10日第三小法廷決定(民集52巻1号1頁)の趣旨

最高裁は、差押禁止債権が受給者の預貯金口座に振り込まれた場合、当該預貯金債権は原則として差押えの対象となり得るとしながらも、差押禁止制度の趣旨を没却するような差押えについては、法153条による範囲変更(取消し)により救済されることを示している。

すなわち、本件差押債権(73万5699円)は、原決定も認定するとおり(原決定3頁4(4))、その実質が障害年金、老齢年金及び年金生活者支援給付金(以下「年金等」という。)のみを原資とするものであり、生活保護費を含む差押禁止債権そのものが形を変えたものに他ならない。

 

3 東京高等裁判所その他の裁判例

差押禁止債権を原資とする預貯金債権の差押えについては、当該口座への振込みが専ら差押禁止債権によるものである場合には、口座残高の全額又はその大部分につき範囲変更(取消し)が認められるべきとする裁判例が集積されている(東京高判令和元年7月3日、大阪高決平成26年10月31日等)。

本件においても、原決定が認定するとおり(原決定3頁3(4))、令和6年11月27日から令和8年1月7日まで本件口座への振込みは、生活保護費(イタバシセイカツシエンリの3万円)及び東京都からの僅少な入金(150円)を除けば、年金等のみである。したがって、本件差押債権の原資は実質的に全額が差押禁止債権であり、口座残金のうち少なくとも生活維持に必要な部分については全額取消しが相当である。

 

4 民事執行法153条1項の「著しい支障」の意義

法153条1項は、「差押えによって生活に著しい支障を生ずるおそれ」を要件とするが、同要件の充足については、単純に収支の数値的比較のみならず、差押禁止制度の趣旨、債務者の健康状態・通院治療の継続可能性、将来的な生活維持の見通し等を総合考慮すべきである(東京地決平成27年7月10日、秋山幹男ほか「コンメンタール民事執行法(第3版)」(日本評論社)383頁以下、法務省民事局「民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約の実施に関する法律の一部を改正する法律の概要」参照)。

本件において、抗告人は通院治療中であり(原決定3頁3(3))、月収約17万4500円に対し月支出は約12万9300円であるが、これは医療費・交通費等を含む必要最小限度の支出であって、当該支出が「令和6年4月の世帯人数1人の標準生計費と比して著しく高額ではない」という原決定の認定は、むしろ最低生活水準程度の支出であることを示しており、差し押さえられた40万円を超える残額を維持させることが生活維持に必要な最小限度に過ぎないことを自認するものである。

 

5 原決定の「毎月一定の余剰が生じる」との認定の誤り

原決定は、収支から「毎月一定の余剰が生じる」として全部取消しの必要性を否定した。しかしながら、以下の諸点から当該認定は誤りである。

(ア) 抗告人の月収は障害年金約7万5500円、老齢年金約6万9000円(2か月に1回受給)及び生活保護費3万円であるが、年金生活者支援給付金(令和6年12月から令和7年12月までの間のみ、2か月に1回約10万円)は令和8年以降は受給が不確実であり、これを「恒常的収入」として算入するのは相当でない。恒常的月収は約17万4500円を下回り得る。

(イ) 住宅費(5万6300円)については、抗告人が現在の居室において現実の家賃支払いをしていない事実(令和7年2月分以降)は、基本事件における明渡訴訟が上告審に係属中(抗告人は上告中)であり、判決が確定していない以上、当該居室に係る使用権限については未確定であって、いつ退去を余儀なくされるかわからない状況にある。退去命令が確定した場合、抗告人は新たな住居確保が必要となり、その初期費用・賃料等の支出が不可避であるから、仮に現在家賃を支払っていないとしても、潜在的な住宅費負担は支出として考慮されなければならない。

(ウ) 医療費2000円は令和7年11月から令和8年1月の平均値に過ぎず、慢性疾患の通院治療においては今後の治療費増加が不可避である。

(エ) 以上から、実質的な余剰は存在せず、仮に存在するとしても極めて僅少であって、差し押さえられた40万円という金額は、抗告人の数か月分の生活費に相当する金額であり、これを債権者のために確保しておくことは抗告人の生活を著しく困窮させるものである。

 

第3 相手方の債権回収実態に関する事情 ― 保証会社としての立場と重複回収の問題

 

1 相手方(CASA株式会社)の事業実態

相手方は、家賃保証会社として、賃貸借契約に基づく保証業務を主たる事業とする株式会社である。保証会社は、賃借人(債務者)の家賃滞納が発生した場合、賃貸人(家主)に対して保証債務として賃料相当額を立替払いし、その後、賃借人に対して求償権を取得・行使するという事業構造を有している。

 

2 立替払いによる債権回収の実態と差押えの不当性

本件においても、相手方は賃貸人(家主)への賃料立替払いを行っており、当該立替払い相当額については、相手方は既に賃貸人から保証料収入その他の対価を受領済みであるか、又は本件債権差押命令に係る被保全債権(賃料損害金等)とは別に、第三者(賃貸人等)からの支払いを受けている可能性が高い。

すなわち、保証会社が家主に対して立替払いをした場合、当該立替払い額については保証会社が家主に対する損害賠償義務を履行したこととなるが、他方で相手方は本件訴訟等において賃貸人名義の債権を含む形で抗告人に損害賠償請求・差押えを行っているとすれば、同一の賃料不払額について二重に回収を図っていることとなり、差押えの許容性の観点からも問題がある。

法153条1項における「その他の事情」(同項)として、債権者が既に同一債権について第三者(保証機関、保険会社等)からの回収を受けている場合又は受け得る場合には、債務者に対する差押えの必要性・相当性は低下するというべきであり(秋山幹男ほか前掲書385頁参照)、原決定がかかる点を全く考慮しなかったことは審理不尽であって原決定取消事由に当たる。

 

3 保証会社の差押え行為の倫理的問題性

相手方は、本件基本事件において、抗告人が障害年金受給者かつ生活保護受給者であることを当然に認識している。それにもかかわらず、その唯一の資産である年金等の口座残高を差し押さえることは、社会的弱者である障害者・生活保護受給者の最後の生活資産を奪うものであり、差押禁止制度の趣旨に著しく反する。

保証会社業界の標準的な実務においては、生活保護受給者に対する差押えは原則として実施しないとする自主規制が存在する事業者も多く(一般社団法人全国賃貸保証業協会ガイドライン等参照)、本件相手方の行為は業界の良識にも反するものである。

 

第4 差押え全額取消しの相当性

 

1 抗告人の生活状況

抗告人は、東京都板橋区において単身で生活し、令和8年1月8日から生活保護(生活扶助・医療扶助)を受給している。月収約17万4500円に対し月支出は約12万9300円であるが、前述のとおり実態上は余剰が乏しく、本件差押えにより40万円(現在口座残高の大部分)が拘束されることは、通院治療の継続を含む最低生活水準の維持を直接脅かすものである。

 

2 法153条1項の解釈上、全部取消しが相当な場合

法153条1項は「差押命令の全部若しくは一部を取り消すことができる」と定めており、その取消しの範囲は裁判所の合理的裁量に委ねられている。ただし、当該裁量は、差押禁止制度の趣旨・債務者の生活保護の必要性・差押債権の原資・債権者の回収実態等を総合考慮した上で行使されなければならず(法務省民事局参事官室「民事執行法実務講義案(改訂版)」(法曹会)284頁以下参照)、本件においては以下の理由から全部取消しが相当である。

(ア) 本件差押債権の原資は実質的に全額が差押禁止債権(年金等)であり、保護趣旨から全部取消しが原則となるべき場合に該当する。

(イ) 抗告人は通院治療中であって、今後の医療費増大が見込まれる。

(ウ) 抗告人には本件口座以外に見るべき財産がなく(原決定3頁3(3))、差押えによる影響が直接的・全面的である。

(エ) 相手方は家賃保証会社として既に保証料等の対価を受領しており、差押えによる二重利得の問題がある。

(オ) 仮に差押えを存続させれば、抗告人の将来の年金等振込みも同口座に振り込まれる限り差押えの効力が継続し(法145条、最一小判平成22年3月16日・民集64巻2号420頁参照)、差押禁止の趣旨が継続的に没却される。

 

3 原決定の「40万円保持」の根拠の不合理性

原決定は「40万円を超える部分を取り消す」としているが、40万円という金額の根拠が判然としない。これは抗告人の月収・月支出との関係でも合理的な説明がなく、仮に「数か月分の生活費相当額を差押え存続とした」とすれば、法153条1項の「差し押さえることができない財産の範囲」を実質的に拡張することとなり許されない。

また、生活保護費(月3万円)は差押禁止債権(生活保護法58条)であり、これを原資とする口座残高相当額については少なくとも差押えの効力が及ばないと解するのが相当であり(大阪高決平成25年6月13日)、原決定がこの点を十分に検討していないことも取消事由となる。

 

第5 結論

 

以上のとおり、原決定は法153条1項の解釈・適用を誤り、かつ審理不尽の違法があるから、原決定を取り消し、本件差押命令を全部取り消す旨の決定を求める。

 

第3 疎明資料(証拠説明書は別途提出する。)

 

1 甲第1号証  抗告人の障害年金証書の写し

2 甲第2号証  生活保護受給決定通知書の写し(令和8年1月8日付)

3 甲第3号証  本件口座の通帳の写し(令和6年11月以降の全入出金履歴)

4 甲第4号証  抗告人の医療費領収書の写し(令和7年11月以降分)

5 甲第5号証  相手方(CASA株式会社)の保証業務に関する資料(商業登記事項証明書等)

6 甲第6号証  抗告人の収支を示す家計表(更新版)

  ※ 相手方が本件賃貸借に係る保証料収入その他の回収額を受領していることを示す疎明資料については、追って提出する予定である。

 

添付書類

 

1 即時抗告申立書副本  1通

2 疎明資料(甲号証)  各1通

3 収入印紙(抗告手数料)  1枚

4 郵便切手(送達費用)  所定額

 

 

令和8年  月  日

 

抗告人  前 田 記 宏    印

 

 

東京高等裁判所 御中

 

 

(原審:東京地方裁判所民事第21部 令和8年(ヲ)第30022号)