(罰条変更に関する意見)

FAX送信書

送信日:令和8年2月  日

送信先:東京地方裁判所 刑事部 御中

送信元:弁護士法人 北千住パブリック法律事務所 弁護士 伊藤 莊二郎

TEL 03-5284-2101 FAX 03-5284-2104

 

意  見  書

(罰条変更に関する意見)

 

事件番号 令和7年(わ)第   号

被告人  前田 記宏

 

令和8年2月  日

〒120-0034

東京都足立区千住3-98-604

千住ミルディスⅡ番館

弁護士法人 北千住パブリック法律事務所

弁護士 伊藤 莊二郎 ㊞

 

第1 意見の趣旨

 

 検察官は、令和7年12月11日付けで訴因変更請求を行い、目黒警察署への業務妨害を新たな公訴事実として追加するとともに、甲第10号証ないし第17号証及び乙第10号証を追加証拠として提出した。

 弁護人は、これら一連の訴追活動を踏まえた上で、本件公訴事実に係る罰条を、刑法第233条(偽計業務妨害罪)から軽犯罪法第1条第32号(虚構申告罪)に変更することを求め、以下のとおり意見を述べる。

 

第2 意見の理由

 

1 本件の経緯と訴訟構造上の問題

 

(1)本件の経緯

 本件は、被告人がSNS(X、旧Twitter)上に令和7年5月17日に投稿した内容が偽計業務妨害罪(刑法第233条)を構成するとして起訴されたものである。起訴後、裁判所は「業務の内容についてさらに調査をする必要が生じ、勾留継続が相当でない」との判断を示し、勾留取消決定を行った。

 しかるに、勾留取消決定がなされたにもかかわらず、検察官はその直後である令和7年12月11日に「目黒警察署への業務妨害」を新たな訴因として追加する訴因変更請求を行い、これと同時に甲第10号証ないし第17号証、乙第10号証の大量の証拠を追加提出している。

 

(2)訴訟構造上の問題

 裁判所が「勾留継続が相当でない」との判断を示した直後に、検察官が新たな訴因を追加して訴訟を拡大させようとすることは、司法の判断を実質的に形骸化させるものであり、訴訟上の信義則(刑事訴訟においても類推される信義誠実の原則)に照らして問題のある訴訟行為である。また、大量の証拠を訴因変更と同時に突如提出することは、弁護人の防御準備を困難にするものであり、被告人の防御権(憲法第37条)の観点からも疑問が残る。

 こうした訴訟経過を前提として、本件で問われる行為が刑法の業務妨害罪という重罰規定により評価されることの実体法的相当性についても、以下に詳述するとおり、根本的な疑問がある。

 

2 偽計業務妨害罪(刑法第233条)の構成要件充足性に関する検討

 

(1)偽計業務妨害罪の構成要件

 刑法第233条は、「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者」を処罰対象とする。同条が成立するためには、①虚偽の風説の流布又は偽計の存在、②他人の業務に対する妨害の結果、③①と②の間の相当因果関係、及び④故意(少なくとも業務妨害の結果についての認識・認容)が必要である。

 

(2)「虚偽の風説の流布」又は「偽計」について

 本件において問題となる被告人の投稿は、甲第11号証に示されるとおり、SNS(X)上における個人アカウントからの書き込みである。当該投稿は、不特定多数に向けて組織的・継続的に虚偽の情報を流布するものではなく、個人のSNS投稿としての性質を有するにすぎない。

 甲第10号証(聴取結果報告書)によれば、本件投稿を発見した第三者は「ちいかわ」キャラクターのイベント場所を探すためにXの検索フォームに「前野町」と入力して検索したところ、偶然被告人の投稿に辿り着いたとのことである。この事実は、当該投稿が積極的に不特定多数に向けて拡散・流布されたものではなく、特定の検索ワードに引っかかる程度の公開投稿にすぎなかったことを示している。こうした個人の書き込みが刑法第233条にいう「虚偽の風説の流布」に当たるかは、慎重に検討されなければならない。

 

(3)業務「妨害」の結果について

 偽計業務妨害罪の成立には、業務の妨害という結果が必要である。ここでいう「妨害」とは、業務の正常な遂行を困難又は不可能とする状態を生じさせることを意味するものと解されている(最高裁昭和28年1月30日判決等参照)。

 本件において問題とされている「業務妨害」の内容を具体的に検討する。

 まず、甲第14号証(110番入電状況)によれば、令和7年5月17日午後11時38分に、本件投稿内容を見た第三者から110番通報がなされた。この通報を受けた志村警察署は、甲第15号証(対応状況報告書)のとおり、前野町交番から通報者方に向かい聴取するとともに、内勤勤務員らがリモコン室においてツイッターの内容を確認し、被告人方に赴いて事実確認を行っている。また、甲第17号証(東京大学駒場キャンパス警戒状況報告書)によれば、翌令和7年5月19日午前8時15分から午後1時55分にかけて、目黒警察署員9名が東京大学駒場キャンパスにおいて警戒活動を実施している。

 しかしながら、これらの一連の活動は、警察機関が外部からの情報提供・通報を端緒として、職務上の判断に基づき自発的に実施した捜査・警戒活動にほかならない。警察は、犯罪の予告や危険情報の通報を受けた際に、現場に臨場し事実確認を行い、必要に応じて警戒活動を実施することを職務上の義務としている(警察法第2条、警察官職務執行法第2条等参照)。したがって、本件における警察の対応は、通報に対して警察機関が通常の職務として実施した活動であって、業務が「妨害」されたとは評価し難い。

 業務の「妨害」とは、本来行われるべき業務の遂行が阻害・困難化されることを意味するのであって、通報を契機として職務活動が起動されたことを指すものではない。本件では、警察業務が妨害されたのではなく、通報を受けた警察が正常に職務を遂行したにすぎないのである。

 

(4)甲第12号証の信用性について

 甲第12号証(捜査報告書・投稿時間特定)は、投稿の「7m(7分前)」という表示から、投稿時刻を「23時29分頃」と特定している。しかし、同報告書自身が認めるとおり、「7m」は最大7分59秒前を意味するのであるから、投稿時刻は23時29分から23時37分の範囲内にあるとしか言えない。「23時29分頃」との断定的な特定は証拠の限界を超えたものであり、その証明力は限定的なものにとどまる。また、端末の時刻設定の正確性についての検証、及びXのサーバー側記録との突合がなされていない点も、証拠の信用性に疑義を生じさせるものである。

 

3 軽犯罪法第1条第32号(虚構申告罪)への該当性について

 

(1)虚構申告罪の構成要件

 軽犯罪法第1条第32号は、「虚構の犯罪又は災害の事実を公務員に申し出た者」を拘留又は科料に処する旨定めている。同号は、虚偽の申告により公務員が不要な活動を余儀なくされるという弊害を規律するものであり、刑法の業務妨害罪と比較して法定刑が大幅に軽い。これは、同類型の行為が、刑法の業務妨害罪が想定する「業務の妨害」とは質的に異なる、より軽微な法益侵害として位置づけられていることを示している。

 

(2)本件への当てはめ

 本件においては、被告人のSNS投稿を第三者が偶然発見し、これを警察機関に通報したことにより、警察が対応活動を行ったというものである。この経過は、実質的に見て、虚偽の内容を含む情報が公務員(警察官)に申し出られた結果、公務員が不要な活動を余儀なくされたという軽犯罪法第1条第32号の想定する類型に近似するものである。

 刑法の偽計業務妨害罪と軽犯罪法の虚構申告罪とでは、法定刑において懲役・罰金と拘留・科料という大きな差異があるが、これは行為の社会的危険性・法益侵害の程度に応じた相当な評価の差異を反映したものであり、本件事案の実態には軽犯罪法による評価の方が相当である。

 

(3)公訴事実の同一性について

 刑事訴訟法第312条第1項は、訴因変更の範囲を「公訴事実の同一性」の限度において認めている。公訴事実の同一性とは、基本的事実関係の同一性をいうものとされており、罰条の変更にとどまる場合には通常その同一性が失われないと解されている(最高裁昭和23年12月14日判決等参照)。

 本件において、偽計業務妨害(刑法第233条)から虚構申告(軽犯罪法第1条第32号)への変更は、いずれも被告人がSNS上に虚偽の内容を含む投稿をしたことにより公的機関が対応を余儀なくされたという同一の社会的事実を基礎とするものであり、公訴事実の同一性は失われない。したがって、弁護人が求める罰条変更は、刑事訴訟法上も許容されるものである。

 

4 乙第10号証(前科調書)について

 

 検察官は、乙第10号証として被告人の前科調書を提出している。これによれば、被告人には脅迫罪(平成21年、東京地方裁判所、懲役2年・執行猶予3年)及び業務妨害罪(平成24年、さいたま地方裁判所越谷支部、懲役1年10月)の前科が存することが認められる。

 しかしながら、前科の存在は、あくまで被告人の素行・人格を示す情状事項として量刑の考慮に付されるべきものであって、本件における犯罪事実の存否、すなわち偽計業務妨害罪の構成要件該当性を直接左右するものではない。とりわけ、前科をもって本件行為の犯意・故意を推認するための間接証拠として実質的に使用することは、前科による不当な予断を招き、適正手続(憲法第31条)の理念に反するおそれがある。弁護人は、前科調書の証拠能力・証明力について、その使用目的を厳格に限定するよう求める。

 また、業務妨害の前科(平成24年)は、本件とは全く異なる態様・状況下における事件であり、本件の犯罪事実の証明に資するものではないことを強調する。

 

5 本件において軽犯罪法の適用が相当である理由の総括

 

 以上の検討を総括すると、本件においては以下の事情が認められ、刑法の偽計業務妨害罪ではなく、軽犯罪法第1条第32号による評価が相当である。

 第一に、本件投稿は組織的・継続的な虚偽情報の流布ではなく、個人のSNSアカウントからの書き込みであって、検索に偶然ヒットした第三者に発見されたにすぎないこと。

 第二に、これを受けた警察の対応は、職務上の義務に基づく通常の捜査・警戒活動であって、業務の「妨害」結果が生じたとは評価し難いこと。

 第三に、勾留取消決定後に訴因を追加拡張する形での訴追継続は、本件の実態的な危険性・法益侵害の軽微性に照らして、過剰な刑事的介入となるおそれがあること。

 第四に、軽犯罪法第1条第32号は、本件のような事案に適合した法定刑(拘留又は科料)を有しており、行為の軽微性に応じた相当な法的評価を実現できること。

 第五に、罰条変更は公訴事実の同一性の範囲内で可能であり、手続的障害が存しないこと。

 

第3 結語

 

 弁護人は、以上に述べた諸事情を総合的に考慮した結果、本件に係る罰条は、刑法第233条(偽計業務妨害罪)から軽犯罪法第1条第32号(虚構申告罪)に変更されるべきものと考える。

 本件の訴訟経緯、本件投稿の具体的内容・態様、警察機関の対応の実態、及び法益侵害の程度に照らせば、刑法の業務妨害罪という重罰規定による評価は過剰であり、軽犯罪法の限度で処理することが、刑事司法における罪刑均衡の原則及び適正手続の理念に合致するものである。

 裁判所におかれては、以上の弁護人の意見を十分に考慮の上、適正な訴訟運営が実現されるよう、格段のご配慮を賜りたく、意見書を提出する次第である。

 

 

以 上